どこまでも空は青く


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わすれられないおくりもの

スーザン・バーレーのこの絵本は、何度読んでも
涙が頬をつたう。

天に召された「あなぐま」と、残された仲間たちの姿に
全体を通し ゆったりとした優しいものが流れ、
年を取るごとに、心が温められる。


***

父がICUに入ってから一週間がたった頃から、
天に召されるのだなという覚悟ができてきた。

もう頭も身体も疲れていて、毎日 其の日が
過ぎていくにまかせていた。

父も昏睡状態に入り
声をかけても、応答できなくなっていた。

召される2日前だった。
眠っている父に、
「お父さん、お父さんの好きな『人生の海の嵐に』を歌おうね。」と語りかけたら
ピクッと眉毛が動いた。
父の耳元で静かに歌い、
「さあ、『主の祈り』を祈ろうね。」と続けて言うと
私の声にあわせて、まるで祈りの言葉をかみ締めるかのように
ユックリ、ユックリと首を振っている。

私自身 心も身体も限界にきていた。
それまで反応が無かった父が、賛美と祈りに応答したことが慰めであり、
天で再び会えることが希望であった。

あれから7年が過ぎようとしている。

かって
アンドリュー・マーレーの「キリストの御霊」を読んだ時
人間的なものからいっさい解放された、
霊とまことの礼拝について書かれている箇所を読み、
そうありたいと願い続けてきた。

7年前、あの惨めさの極限を超え
肉体、魂の力がつきはてた時、父は
主に向かい、ただ主だけを礼拝していたのだと
気がついたのは、ごく最近のことだ。


気がついた時、ただただ泣いた。
声を上げて泣いた。
頬をつたう涙は、温かかった。
慰め主なるお方を、ほめたたえる。

  天にまします我らの父よ
  ねがわくは、御名をあがめさせたまえ
  御国を来たらせたまえ
  御心の天になるごとく
  地にもなさせたまえ
  我らの日用の糧を 今日もあたえたまえ
  我らに罪をおかす者を 我らがゆるすごとく
  我らの罪をもゆるしたまえ
  我らをこころみにあわせず
  悪より救いだしたまえ
  国とちからと栄えとは
  限りなくなんじのものなればなり
 (主の祈り)

確かに人には「霊」がある。
信じる者には、キリストが内に住んでくださる。
そして、主との豊かな交わりが持てる。
慰めてくださるお方が、共にいてくださる。 2006. 9.30 記


***

兄弟たちよ。そういうわけで、神のあわれみによってあなたがたに勧める。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的な礼拝である。

          ローマ書 12章 1節(口語訳)
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by powder_snow31 | 2006-09-30 10:19 | 証し


少年時代

3年前、初めてkingdom Faith のCDを聴いたとき
涙がこぼれてきてしかたなかった。

それまで、賛美は神に向かってするものだから、
素朴な疑問として、どうしてCDを聴くのか分からなかった。
本当に分からなかった。

キリ番を踏まなかったら、おそらく聴いていなかっただろうから
不思議なものだ。

CDから流れる臨在に、
まるで子供の頃、従兄弟たちと日が暮れるまで
遊んだ原っぱの、夏草の香りがしてくるようだった。

懐かしいんだけれど、思い出の中のことではなく
とてもリアルに香る夏草の香り。

マルセル・パニョルの自伝小説の
あの くったくのない明るさみたいな感じ。

暖かくて、優しくて、心潤されるもの。

聖らかで、力強い愛。
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by powder_snow31 | 2006-09-27 19:43 | 賛美


イングリッシュエイジ

我が家の倉庫が、デンデケデケデケ一色に染まっていた頃、
4歳年上の兄の方は、着実に我が道を、メリー・ホプキンの
レコードと共に歩んでいきました。

世界中を旅行することを夢み、それを語り続け、
英語に熱を入れる彼に、ここでも家族は巻きこまれました。

NHK教育のラジオ、テレビ番組、文化放送の百万人の英語をはぼ制覇。
家族は 観たい番組も観れず
英語は話せなくても、田崎先生のことはお馴染みの人となりました。

ブラザーのタイプライターを駆逐して
アメリカ、オーストラリアのペンフレンドとの英語の特訓。
ここで、一番困ったことは
オーストラリアから送られた一通の手紙。
同封されていた写真には、自宅の大きなプールをバックに金髪の美少女が写っています。
おまけに、こちらの写真も送ってくれと 書いてあるではありませんか。

北海道の、それもド田舎に住み、どんな写真を送れるというのでしょうか。
以下省略。

その兄は自分が思い、語った通りの人生を歩むこととなりました。

ましてや、神の子供達に神さまが良くして下さらないはずはないですよね。

今日の所属教会のメッセージは、主のみに信頼し、
自分の思いと言葉を否定的なものから守れと
語られていましたので、書いてみました。

妹の方は、
さっぱり英語は駄目なのです・・・・が。
哀れんでくださるお方を、感謝です。
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by powder_snow31 | 2006-09-24 19:06 | 家族


青春デンデケデケデケ

「あっ、あのおチビちゃん!」と声をかけられ
小学校2年生に、時をかける少女でした。

        *        *         *

大林監督の「青春デンデケデケデケ」を観た時、
まるで我が家のことを、撮ってもらったのかと思うほど
ソックリでした。(ちなみに原作は読んでいません。)

7歳年上の兄が、友人達とグループを組み
連日のデンデケデケデケの日々。

当時、我が家には 大きな倉庫があったものだから
合宿所化し、夕食も料理が得意なメンバーの一人が担当し、
一家でご馳走になるほどでした。

お蔭様で、クラスで一番のGS通になりました。

なんといっても、母は強かった。
父の勤務先のクリスマスパーティーに出演出来るように
手伝ったり、まるで映画そのものの世界。

とうとう、ローカル番組に「頑張っている高校生バンド」で
ゲストで出るほど出世しました。

プロを断念して、それぞれの道を歩んだ兄達のことを
少女時代の楽しかった思い出として、大切にしまってありました。

         *         *        *
昨日、兄のバンドのリーダーをされていた方と
思わぬところで、お会いしました。

何十年ぶりかの、考えてもいなかった設定での再会でした。
嬉しいのを通り越して、良いのかしらという感じ・・映画より面白い。
再会した場所は、かって兄達が出演したテレビ局でした。

この計らいを、感謝します。
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by powder_snow31 | 2006-09-22 23:11 | 家族


美しい国

今日は娘の誕生日だ。時の人のあの方と同じ誕生日。

娘は切迫早産の危険の中、
予定日よりも一ヶ月も早く生まれた。

まだ二歳半の息子を置いて、入院すること二週間。
ようやく落ち着いたので一時帰宅していいと言われ
喜んだ夜、破水をしてしまった。

まるで天国から地獄に落ちた気分。

翌朝、出産を迎え、主人と どんなことになるのやらと心配していた。
出産はスムーズにすんだ。
「おめでとうございます、女の子です。」と看護婦さん(当時はまだこのよび方)が言う。

「そんなことはありません。」と私はキッパリと言った。
次は女の子と家族中が望んでいたのに、
どう見ても、男の子が生まれるお腹にしか 見えなかったのだ。
このへんが、私の性格の恐ろしいところである。

その迫力に負け、看護婦さんはもう一度見直し
「いえ、女の子ですよ。」と言った。
瞬間
「バンザイ!やった!やった!やった~!」と叫んだ私の声が
病院の廊下まで聞こえたそうで、主人は嬉しいよりも恥ずかしかったようだ。

体重を量ったら2600㎏もあり、これまた感謝。
小さいのに、母乳も上手に飲めた。

曜日も土曜日の午前中だったので、「通常」の費用ですんだ。切迫早産ということで生命保険の入院給付金もついたり、あと細かいてんでかなり経済的にも助けられた。

娘がお腹にいる時に洗礼を受け、クリスチャン生活を歩みはじめた。
自分にとっては最低だと思われるところに、蓋を開けてみたらこちらが考えている以上の最高のプレゼントが待っている。
私のちっぽけな思考をはるかに超えた方なのだ。
イエス様はきまえの良い、すごい方なんだなぁと しみじみ思った娘の誕生であった。



あっという間に、こんなに大きくなった。

真に「美しい国」にしてほしい・・・。

***

神を愛する者、すなはち御旨によりて召されたる者の爲には、
凡てのこと相働きて益となるを我らは知る。


         ロマ人への書 第八章二十八節(文語訳)
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by powder_snow31 | 2006-09-21 18:27 | 証し


炎のランナー

何故、主人公のエリック・リデルは自分が走ることを、神の栄光をたたえることと言ってるのだろう。走れば走るほど、喜びが湧き上がってくると言っているのはどうしてだろう。
実話を元にした映画でのシーンのことなのに、気になっていた。走ることが栄光・・・。

          *         *         *

「結婚することになった。きちんと式だけは挙げたいから
すまないが、おまえの教会の牧師さんに 挙式の件を頼んでもらえないだろうか。」

突然、兄から電話が入った。急に海外勤務を言い渡され
赴任する前に、めぐり合った素敵な女性と結婚することを決めたのだ。

時間はあまりない。大事な結婚式だ、簡単でいいと言ったけれど相手の女性のことが頭をよぎる。主人と相談し、神に祈ってから一つ、一つのことに取り組んで行った。

するとどうだろう、
牧師が心良く引き受けて下さったことからはじまって
衣装のことも、身内だけの披露宴のことも、
何から何まで半日もしないうちに準備できてしまったのである。
それは、まるで すでに用意されていたものを、受け取ったという感覚だった。
披露宴に使う 料亭の予約の日にちを間違えたりもあったが
それも当日まで気がつき、訂正できるように守りがあった。
イエス様が、すべてのことをして下さっている・・・・。

式当日は会堂いっぱいに聖らかなものが流れ、感動でつつまれた。
花嫁さんがとても美しく、兄は幸せものだと思った。

何時も、自分の肉親のように私の両親、兄弟のことを世話してくれる主人にも
心から感謝した。

新婦のご家族の方から、
「感動しました、お世話いただき どうもありがとうございました。」と
随分感謝の言葉をいただいた。
でもそれは私の耳元を通り過ぎ、
天に向かい「イエスさま、どうもありがとうございます。」と言ってるように聞こえた。
私達ではなく、神がすべてのことをなして下さった。
私の内側から喜びが湧いてきた。

そうか、エリック・リデルの喜びってこういうことなのかな。
少しだけ分かるような気がして、そのことが何より嬉しかった。

         *         *         *

あれから10年以上が過ぎたけれど、他愛無い疑問にも優しく応えて下さる
イエス様の魅力はますます尽きない。

かくてわが神は己の富に隨ひ、キリスト・イエスによりて汝らの凡ての窮乏を榮光のうちに補ひ給はん。
願くは榮光世々限りなく、我らの父なる神にあれ、アァメン。


     ピリピ人への書 第四章十九節~二十節(文語訳聖書)
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by powder_snow31 | 2006-09-19 14:34 | 証し

    
思いつくままに
by powder_snow31