どこまでも空は青く


「思い」について

クリスチャンになったら
そんなに大きな罪を犯すこともなくなる。

自分や、自分の周りの人々を見ていると
それでは、何に悩むかというと
それは「自分の思い」からくる、妬みや憤りや、過去に犯した罪の記憶、そこから来る罪責感
またその人特有の癖のようなもの。

神に忠実であろうとすればするほど
自分の中に湧き上がってくる汚い思いに悩み、
疲労困憊するのではないだろうか。

私達がもうすでに
イエス様と共に十字架につけられて
死んでいることを 霊で明確に 捉えていれば
そんなに悩む必要もなくなる。

私はとても理屈っぽい人間であった。

クリスチャンになってから
この自分の思いの処理の仕方が
どうしても分からなかった。

単純に言えば、再生されているはずなのに
この湧いてくるネガティブな思いをどうしたらいいの
っていう困惑だ。

Dr.Lukeのミニストリーに出会ってから
理屈っぽい私に
実に分かりやすく、この「思い」についての処理の仕方、
十字架と御言葉の適用の仕方が紐解かれた。

サイト内の「ちょっとディープなトピック」に自己の死、死と復活などについて
参考になることがたくさん書かれていた。

Dr.Lukeの著書「真理はあなたを自由にする」は
ローマ書、ガラテヤ書を読むにあたり、無学な主婦にでも理解できるように導いてくれる
手引書になった。


そして クリスチャンにとっては まず「死」がとても大事だということを
教えられたのである。
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# by powder_snow31 | 2006-12-17 23:05 | 未分類


今日の礼拝から

メッセージの中で
交通事故で重症を負った方がおり
ご家族の方が祈った時に与えられた
御言葉を 
ご家族の方、周囲の方がただひたすら信じ 祈り続けたら
事故に遭われた方の内側で 力強くイエスさまがお働きになり
手術、治療もことごとく祝され、奇跡的に癒されたという お証しがありました。

今日も 内住のキリストの復活の力、 御言葉の真実を味わいなさいと
心に語られました。

*引用聖句

城門よ、頭を上げよ/とこしえの門よ、身を起こせ。栄光に輝く王が来られる。
栄光に輝く王とは誰か。万軍の主、主こそ栄光に輝く王。〔セラ


         詩篇 24篇 9、10節(新共同訳)
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# by powder_snow31 | 2006-12-03 21:46 | 日記 | Comments(0)


この広い野原いっぱい

「お母さん、明日は尿検査なんだって!」と
小学生になったばかりの息子が学校から帰るなり、
自分の背中より大きなランドセルを下ろして、蓋を開けた。

「あれっ・・。お母さん先生からもらった尿検査の入れ物がない。」と急に元気がない。

「こら、また落としてきたな。」と怒りそうになったけれど、
ある言葉を思い出した。

確か、二人のものが心をひとつに合わせて祈るなら・・って聖書の中に書かれて
いたっけ。
ベソをかきそうになっている息子と二人 床に正座して祈る。
6歳の息子は真剣だ。
そうしたら またある言葉を思い出した。
「さがしなさい そうすればみつかります。」

私は信じていたわけではなかったけれど、やんちゃぼうずの息子の経験によいと思い
二人で自転車に乗り、尿検査キット捜索の旅へと出掛けた。

自転車をユックリ ユックリ 走らせながら、地面の右、左を見て歩く。
「こんな所を通って帰ってきてるの。」と思うような自転車も入れない路地もあって
息子の帰宅姿を想像して、心の中ではニンマリ。

行けども 行けども、その小さな尿検査のキットは、どこにも落ちていない。

とうとう小学校の手前の歩道橋のところまで来てしまった。
さあ、ここまで来たら息子も懲りて、落し物などしないで帰ってくるだろう、
もう、家に帰ろうね・・と言おうとしたその瞬間である。

「お母さん!あったよ!!」と喜び叫ぶ息子の声が。

声のする方を見ると、歩道橋のわきの広大な野原の中から、小さな試験管に似た
尿検査キットを手に満面の笑みを浮かべている息子の姿が。

「どうして見つかったの・・。」
私に主に対する畏れが走った。

そうだ、まず感謝の祈りだ。

国道をビュンビュン車が通り過ぎていく歩道に二人で跪き
見つけてくださった主に感謝を捧げた。
またしても息子は真剣だった。

時間がたてばたつほど私の中には主への畏れが増していった。
「どうして見つかったの・・。なんてすごい神さまなんだろう。」

イエス様が微笑んで私達をみてくださってるような気がした。



まだクリスチャンになって間もないころのことでした。
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# by powder_snow31 | 2006-10-24 08:55 | 証し


晩秋

「姉さん、メールアドレスは何にしますか。」
義弟が優しい声で尋ねた。

買ったまま使わないで、そのまま埃をかぶっていた
ノートパソコンを、皆が使えるようにして
彼は東京に帰って行った。

その後、まさか自分がこうやって
パソコンの前に向かうとは、思いもよらなかった。

ハワイの海が大好きだった義弟が
私にくれた最後の贈り物となった。

病をおして、尋ねてきてくれた晩秋の
あの日のことを、決して忘れることはできない。

あの優しい声とともに。
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# by powder_snow31 | 2006-10-18 16:00 | 家族


サムエルの絵

主はきて立ち、前のように、「サムエルよ、サムエルよ」と呼ばれたので、サムエルは言った、「しもべは聞きます。お話しください」。 サムエル記上 第三章十節(口語訳)

***

祖母は、花が大好きだった。庭も家の中も、花で何時も埋まっていた。
冗談ばかり言っていて、タモリが人気が出てきた時には、もう彼の本名を
すでに知っており、孫達をうならせた。

信心深くもあり、仏壇の中にはたくさんの置物やお札が祭られていた。
その部屋の壁には、光に向かい ひざまずいている少年サムエルの絵が、飾られていた。
従弟がカトリック系の幼稚園でもらってきた絵を、可愛いいと言い飾っていた。
                  *
祖母がこの世とお別れする日が、近づいて来た。
車で二時間弱ほどかかる病院に、父と母はおりを見ては見舞いに行った。

その日は、病室の中に父と母と祖母の三人しかいなかった。
母が「私たちの信じている神さまを信じる。」と問いかけると
「信じるよ。」と祖母は答えた。
父と母は、イエス様に祖母のことを感謝し、祈ってから帰路についた。

家につき、玄関の戸を開けると電話が鳴った。
受話器から流れてくる声は、祖母が世を去ったことを告げた。

***

また言ふ『イエスよ、御國に入り給ふとき、我を憶えたまえ』
イエス言ひ給ふ『われ誠に汝らに告ぐ、今日なんぢは我と偕にパラダイスに在るべし』


   ルカ傳 第二十三章 四十二節~四十三節(文語訳)
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# by powder_snow31 | 2006-10-07 09:53 | 家族


わすれられないおくりもの

スーザン・バーレーのこの絵本は、何度読んでも
涙が頬をつたう。

天に召された「あなぐま」と、残された仲間たちの姿に
全体を通し ゆったりとした優しいものが流れ、
年を取るごとに、心が温められる。


***

父がICUに入ってから一週間がたった頃から、
天に召されるのだなという覚悟ができてきた。

もう頭も身体も疲れていて、毎日 其の日が
過ぎていくにまかせていた。

父も昏睡状態に入り
声をかけても、応答できなくなっていた。

召される2日前だった。
眠っている父に、
「お父さん、お父さんの好きな『人生の海の嵐に』を歌おうね。」と語りかけたら
ピクッと眉毛が動いた。
父の耳元で静かに歌い、
「さあ、『主の祈り』を祈ろうね。」と続けて言うと
私の声にあわせて、まるで祈りの言葉をかみ締めるかのように
ユックリ、ユックリと首を振っている。

私自身 心も身体も限界にきていた。
それまで反応が無かった父が、賛美と祈りに応答したことが慰めであり、
天で再び会えることが希望であった。

あれから7年が過ぎようとしている。

かって
アンドリュー・マーレーの「キリストの御霊」を読んだ時
人間的なものからいっさい解放された、
霊とまことの礼拝について書かれている箇所を読み、
そうありたいと願い続けてきた。

7年前、あの惨めさの極限を超え
肉体、魂の力がつきはてた時、父は
主に向かい、ただ主だけを礼拝していたのだと
気がついたのは、ごく最近のことだ。


気がついた時、ただただ泣いた。
声を上げて泣いた。
頬をつたう涙は、温かかった。
慰め主なるお方を、ほめたたえる。

  天にまします我らの父よ
  ねがわくは、御名をあがめさせたまえ
  御国を来たらせたまえ
  御心の天になるごとく
  地にもなさせたまえ
  我らの日用の糧を 今日もあたえたまえ
  我らに罪をおかす者を 我らがゆるすごとく
  我らの罪をもゆるしたまえ
  我らをこころみにあわせず
  悪より救いだしたまえ
  国とちからと栄えとは
  限りなくなんじのものなればなり
 (主の祈り)

確かに人には「霊」がある。
信じる者には、キリストが内に住んでくださる。
そして、主との豊かな交わりが持てる。
慰めてくださるお方が、共にいてくださる。 2006. 9.30 記


***

兄弟たちよ。そういうわけで、神のあわれみによってあなたがたに勧める。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的な礼拝である。

          ローマ書 12章 1節(口語訳)
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# by powder_snow31 | 2006-09-30 10:19 | 証し


少年時代

3年前、初めてkingdom Faith のCDを聴いたとき
涙がこぼれてきてしかたなかった。

それまで、賛美は神に向かってするものだから、
素朴な疑問として、どうしてCDを聴くのか分からなかった。
本当に分からなかった。

キリ番を踏まなかったら、おそらく聴いていなかっただろうから
不思議なものだ。

CDから流れる臨在に、
まるで子供の頃、従兄弟たちと日が暮れるまで
遊んだ原っぱの、夏草の香りがしてくるようだった。

懐かしいんだけれど、思い出の中のことではなく
とてもリアルに香る夏草の香り。

マルセル・パニョルの自伝小説の
あの くったくのない明るさみたいな感じ。

暖かくて、優しくて、心潤されるもの。

聖らかで、力強い愛。
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# by powder_snow31 | 2006-09-27 19:43 | 賛美


イングリッシュエイジ

我が家の倉庫が、デンデケデケデケ一色に染まっていた頃、
4歳年上の兄の方は、着実に我が道を、メリー・ホプキンの
レコードと共に歩んでいきました。

世界中を旅行することを夢み、それを語り続け、
英語に熱を入れる彼に、ここでも家族は巻きこまれました。

NHK教育のラジオ、テレビ番組、文化放送の百万人の英語をはぼ制覇。
家族は 観たい番組も観れず
英語は話せなくても、田崎先生のことはお馴染みの人となりました。

ブラザーのタイプライターを駆逐して
アメリカ、オーストラリアのペンフレンドとの英語の特訓。
ここで、一番困ったことは
オーストラリアから送られた一通の手紙。
同封されていた写真には、自宅の大きなプールをバックに金髪の美少女が写っています。
おまけに、こちらの写真も送ってくれと 書いてあるではありませんか。

北海道の、それもド田舎に住み、どんな写真を送れるというのでしょうか。
以下省略。

その兄は自分が思い、語った通りの人生を歩むこととなりました。

ましてや、神の子供達に神さまが良くして下さらないはずはないですよね。

今日の所属教会のメッセージは、主のみに信頼し、
自分の思いと言葉を否定的なものから守れと
語られていましたので、書いてみました。

妹の方は、
さっぱり英語は駄目なのです・・・・が。
哀れんでくださるお方を、感謝です。
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# by powder_snow31 | 2006-09-24 19:06 | 家族


青春デンデケデケデケ

「あっ、あのおチビちゃん!」と声をかけられ
小学校2年生に、時をかける少女でした。

        *        *         *

大林監督の「青春デンデケデケデケ」を観た時、
まるで我が家のことを、撮ってもらったのかと思うほど
ソックリでした。(ちなみに原作は読んでいません。)

7歳年上の兄が、友人達とグループを組み
連日のデンデケデケデケの日々。

当時、我が家には 大きな倉庫があったものだから
合宿所化し、夕食も料理が得意なメンバーの一人が担当し、
一家でご馳走になるほどでした。

お蔭様で、クラスで一番のGS通になりました。

なんといっても、母は強かった。
父の勤務先のクリスマスパーティーに出演出来るように
手伝ったり、まるで映画そのものの世界。

とうとう、ローカル番組に「頑張っている高校生バンド」で
ゲストで出るほど出世しました。

プロを断念して、それぞれの道を歩んだ兄達のことを
少女時代の楽しかった思い出として、大切にしまってありました。

         *         *        *
昨日、兄のバンドのリーダーをされていた方と
思わぬところで、お会いしました。

何十年ぶりかの、考えてもいなかった設定での再会でした。
嬉しいのを通り越して、良いのかしらという感じ・・映画より面白い。
再会した場所は、かって兄達が出演したテレビ局でした。

この計らいを、感謝します。
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# by powder_snow31 | 2006-09-22 23:11 | 家族


美しい国

今日は娘の誕生日だ。時の人のあの方と同じ誕生日。

娘は切迫早産の危険の中、
予定日よりも一ヶ月も早く生まれた。

まだ二歳半の息子を置いて、入院すること二週間。
ようやく落ち着いたので一時帰宅していいと言われ
喜んだ夜、破水をしてしまった。

まるで天国から地獄に落ちた気分。

翌朝、出産を迎え、主人と どんなことになるのやらと心配していた。
出産はスムーズにすんだ。
「おめでとうございます、女の子です。」と看護婦さん(当時はまだこのよび方)が言う。

「そんなことはありません。」と私はキッパリと言った。
次は女の子と家族中が望んでいたのに、
どう見ても、男の子が生まれるお腹にしか 見えなかったのだ。
このへんが、私の性格の恐ろしいところである。

その迫力に負け、看護婦さんはもう一度見直し
「いえ、女の子ですよ。」と言った。
瞬間
「バンザイ!やった!やった!やった~!」と叫んだ私の声が
病院の廊下まで聞こえたそうで、主人は嬉しいよりも恥ずかしかったようだ。

体重を量ったら2600㎏もあり、これまた感謝。
小さいのに、母乳も上手に飲めた。

曜日も土曜日の午前中だったので、「通常」の費用ですんだ。切迫早産ということで生命保険の入院給付金もついたり、あと細かいてんでかなり経済的にも助けられた。

娘がお腹にいる時に洗礼を受け、クリスチャン生活を歩みはじめた。
自分にとっては最低だと思われるところに、蓋を開けてみたらこちらが考えている以上の最高のプレゼントが待っている。
私のちっぽけな思考をはるかに超えた方なのだ。
イエス様はきまえの良い、すごい方なんだなぁと しみじみ思った娘の誕生であった。



あっという間に、こんなに大きくなった。

真に「美しい国」にしてほしい・・・。

***

神を愛する者、すなはち御旨によりて召されたる者の爲には、
凡てのこと相働きて益となるを我らは知る。


         ロマ人への書 第八章二十八節(文語訳)
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# by powder_snow31 | 2006-09-21 18:27 | 証し

    
思いつくままに
by powder_snow31